クロアチア・イストリア地方の料理人、Outlaw Chef Damjan Bistričić(ダミヤン・ビストリチッチ)。彼とはInstagramを通じて日常的にやりとりをしている。彼はよく、その日作った料理や肥後守を使う様子を写真付きで送ってくれる。
今回届いたのは、いつもの暮らしの風景ではなかった。春のフード・フェスティバル。街の広場に据えられた巨大な鉄板。集まった市民たち。テレビカメラ。
そして彼のポケットには、いつもの一本——市蔵本舗の肥後守が入っていた。
春の祭典、630人前
舞台は、数千年の歴史を刻む地中海の古代都市——プーラ(Pula)。イストリア半島の南端に位置するこの城塞都市で、毎年イースター(復活祭)に合わせて開かれる恒例の春の祭典だ。プーラ市場(Pula Market)の建物前の広場に市民と観光客が集い、料理はすべて無料で振る舞われる。
Outlaw Chefは、このイベントのメインディッシュ——卵と野生のアスパラガスと春ネギのフリッタータ(fritaja)——を任された。
用意された食材の規模が、祭りの本気を語る。卵1,600個。野生のアスパラガス20kg。春ネギ6kg。地中海在来種の玉ねぎ、škalonja(シュカロニャ)1kg。そして、イストリア伝統の乾燥豚肩肉——špalete gira volta(シュパレテ・ジラ・ヴォルタ)。ブーラ(Bura)と呼ばれる、この地方特有の乾風で仕上げた豚の肩肉だ。
当初の予定は500人前。
しかし、市民の反応は予想を超えた。行列は途切れず、「もっと」の声が止まらない。最終的に630人前を調理することになった。
"The citizens were satisfied, the reviews were excellent... out of the planned 500, at the request of the citizens, we had to make 630 portions."
「市民の皆さんは満足してくれて、評価も上々でした……当初500人前の予定が、市民の要望に応えて630人前を作ることになりました。」
食材が尽きるまで、彼らは作り続けた。
肥後守一本で、ネギを切る
630人前のフリッタータ。そのために必要な、膨大な量の春ネギ。
コンテナに山積みされた新鮮なネギの束。黄色いまな板の上で、刻まれたネギが積み上がっていく。
その作業を一手に担ったのは——プロの包丁ではなかった。
ポケットから取り出した、市蔵の肥後守だった。
"If the spirit whose hand guides the steel blade of the knife is focused and sharp enough, then the knife itself will do any task that is placed before it."
「刃を導く手の内の精神が、十分に研ぎ澄まされ集中しているなら——ナイフはそれ自身で、眼前のいかなる仕事もやり遂げる。」
何十束もの春ネギを、たった一本のポケットナイフで。ひと束、またひと束。静かに、確実に、刃が通っていく。
630人前の仕込みを終えた肥後守が、刻んだネギの上に横たわっている。まるで戦い終えた刀のように——しかし、まだ刃は生きていた。
巨大な鉄板の上で
街の広場に据えられた、直径2メートルはあろうかという巨大な鉄板。春のイストリアの陽光の下、野生のアスパラガスと刻んだ春ネギが油の上で踊り始める。
立ち上る湯気。じゅうじゅうと響く音。鉄板の向こうには、待ちきれない表情の市民たち。
何人ものシェフが入れ替わり立ち替わり、鉄板の前に立つ。
黄金色の表面が、春の陽射しを受けて輝く。
テレビカメラが回り、街全体がこの瞬間を見守った。
切れ味は、まだ残っていた
肥後守の切れ味について、彼はこう報告してくれた。
"Higonokami still has cutting power. In my estimation, from 100% sharpening at the beginning, it is now at 60 to 64%."
「肥後守にはまだ切れ味が残っています。私の見積もりでは、最初の研ぎたての100%から、今は60〜64%くらいです。」
630人前の食材を切り終えた後でも、まだ6割以上の切れ味が残っている。
それが、この小さなポケットナイフの実力だった。
予期せぬ、もう一仕事
イベントを終えて自宅に戻ったOutlaw Chef。キッチンのIHコンロの電源を入れ、モカコーヒーを淹れようとした。
その瞬間——
"PZZZZ!!! TRES!!!"
不快な二つの大きな音。IHコンロがショートし、キッチンの電気が落ちた。
彼はこう思ったという。「まあ、俺はカフェレーサーで街を走り回るような男だからな」——トラブルを嘆くのではなく、自分らしいと笑い飛ばした。
笑顔を浮かべたまま車に乗り込み、近くのショッピングセンターへ。新しいビルトイン式IHコンロを購入した。
そして——ここでも出番は肥後守だった。
ダンボール。プラスチック。ナイロンフィルム。梱包材を切り開いたのは、朝から630人前の食材を切り続けてきた、あの一本。切れ味は落ちていたはずだ。しかし——
"Its blade, which at the beginning of the day was sharpened to 100% and now after those 630 portions of food to about 70%, but still cut with great ease through cardboard, plastic and nylon foil."
「朝の時点では100%だった刃が、630人前の食材を切った後には約70%まで落ちていた。しかし、ダンボールもプラスチックもナイロンフィルムも、まだ軽々と切れました。」
そして、この一日の終わりに彼はこう綴った。
"If this is not a reliable pocket everyday companion, then what is?"
「これが信頼できるポケットの日常の相棒でなければ、一体何がそうだというのか?」
あとがき
Outlaw Chefとは、Instagramでよく言葉を交わしている。彼はその日の料理や、肥後守と過ごす日常を、写真と一緒にいつも届けてくれる。
春のイストリアの陽光の下、巨大な鉄板と大勢の市民と、一本のポケットナイフ。
道具の価値は、スペックシートの数字ではなく、こういう瞬間の中にある。
Damjanさん、今回も素晴らしい報告をありがとうございます。
Outlaw Chefの世界は、Instagramでも見ることができます。
@monsieuroutlawchef
Outlaw Chefの写真・言葉はすべてご本人の許可を得て掲載しています。