「縁が切れる」と避けられることもあれば、「未来を切り開く」と喜ばれることもある。刃物を贈る習わしを、日本と海外の両方から見てみる。
縁が切れる、という言い伝え
刃物は、ものを切る道具だ。そこから「縁を切る」を連想して、贈り物には向かないと言われてきた。とくに結婚祝いでは、割れる器と並んで避ける品に挙げられることが多い。せっかく結ばれた二人の縁が切れては困る、というわけだ。
一方で、刃物には「未来を切り開く」という意味を重ねる見方もある。「ふたりで新しい暮らしを切り開いてください」と言葉を添えて、包丁を贈る人もいる。
どちらが正しい、という決まりはない。同じ包丁でも、縁起が悪いと受け取る人もいれば、縁起が良いと受け取る人もいる。
硬貨を添える国々
刃物を贈ると縁が切れる、という言い伝えは日本だけのものではない。アメリカやヨーロッパにも「ナイフを贈ると友情が切れる」という言い伝えがある。
そこで、ナイフを受け取った人は、贈り主に硬貨を一枚渡す。ナイフを「もらった」のではなく「買った」ことにするためだ。売り買いなら縁は切れない、という考え方である。アメリカでは1セント硬貨を使うことが多い。ドイツには、縁起の良い硬貨を添えることで、ナイフや靴を贈る不吉さを打ち消すという言い伝えもある。
この習わしがどこで始まったのかは、はっきりしていない。中国の言い伝えだという説も、ヨーロッパの古い風習だという説もある。
刀は、格の高い贈り物だった
日本の歴史をさかのぼると、刃物はむしろ改まった贈り物だった。
室町時代、将軍の家に祝い事があると、公家や寺の門跡が将軍のもとへお祝いに訪れた。そのときには、太刀や馬などを献上するのが決まりだった。刀を贈ることは、もとは武家の習わしだったが、15世紀の前半には公家のあいだにも広がったという。
武家の女性は、嫁ぐときに懐剣(かいけん)を携えたとされる。懐に入れる短い刀で、身を守るためのものだった。懐剣は「守り刀」とも呼ばれる。刃物は縁を切るものではなく、持つ人を守るものでもあった。
毎日使うから、毎日思い出す
市蔵本舗も、友人の結婚祝いや誕生日に包丁を贈ってきた。結婚祝いは、刃物は避けたほうがよいと、よく言われる場面だ。それでも、そのとき贈った包丁は、今も友人の台所で使われている。
包丁は、ほかの贈り物とは少し違う。花はいずれ枯れ、お菓子は食べればなくなる。包丁は毎日の料理で手に取られ、研ぎ直しながら何年も、何十年も使える。使うたびに、贈った人のことがどこかで思い出される。
だからこそ、刃物を贈るときは、相手の暮らしを思い浮かべたい。毎日料理をする人か、魚をさばく人か、一人分を手早く作る人か。その人の台所に合う一本を選ぶことが、刃物を贈るいちばんの心づかいだと思う。
手渡すときは、刃を相手に向けない。箱に入れたまま、あるいは柄を相手の側にして渡す。刃物を贈るなら、渡し方まで含めて贈り物だ。
市蔵本舗より
縁を切るか、未来を切り開くか。刃物にどんな意味を重ねるかは、贈る人と受け取る人が決めることだ。市蔵本舗は、刃物を「長く手元に残る贈り物」だと考えている。研ぎながら使い続けた一本は、贈った日のことも一緒に覚えている。