蝶の形をしたパスタがある。
イタリア語で、farfalle。
小さな蝶を意味するパスタだ。
クロアチア・イストリア地方の料理人、Outlaw Chef が今回作ったのは、そのfarfalleを使った一皿だった。
ただのパスタ料理ではない。
プーラという街に残る古い言葉の記憶。ナスタチウムの花と葉。野生のルッコラ。赤い唐辛子。イストリアのオリーブオイル。そして、彼の手元にある一本の肥後守。
それらが重なって、一皿の料理になっていた。
土地の記憶を、料理にする
Outlaw Chefの料理には、いつも物語がある。
きっかけは、プーラに残る古い言葉だった。
「farfalline」。
この言葉は、プーラの地元メディアにも残っている。109年前の物語として記録されたその記事が、今回の料理の出発点になった。
蝶を思わせるその言葉から、彼は蝶の形をしたパスタ、farfalleへと発想をつなげていく。言葉があり、街の記憶があり、そこから料理が生まれる。この感覚こそ、Outlaw Chefらしい。
彼は、自らの料理を「Art Brut Cuisine」と呼ぶ。型に従うのではなく、土地、記憶、直感、素材の声を頼りに、一皿を立ち上げていく。
だから、彼の料理では、花もただの飾りではない。野草も、ただの添え物ではない。唐辛子も、辛さを足すだけのものではない。すべてが、皿の上で意味を持つ。
料理は、キッチンに立つ前から始まっている
今回の写真の中で、特に印象的なのは、野外で撮られた一枚だ。
器の中には、ナスタチウムの花と葉。その上に、肥後守が置かれている。赤い組紐と侍のチャームが、クロアチアの草の上で光っている。
料理は、火を入れるところから始まるわけではない。
摘むこと。選ぶこと。持ち帰ること。整えること。
そうした小さな所作の中に、すでに料理は始まっている。
以前、Outlaw Chefはこの肥後守を「日々の相棒」と呼んでくれた。今回の写真を見ると、その言葉がよくわかる。肥後守は、特別な演出として置かれているのではない。彼の暮らしと料理のそばに、自然にある。
小さな刃物が、食材に触れる
食材は、切られることで料理に近づいていく。
玉ねぎは薄く切られ、火の中で甘さを出す。赤い唐辛子は輪切りになり、皿の中に色と辛さを散らす。
写真に写る玉ねぎは、薄く、やわらかく重なっている。そのそばに、開いた肥後守がある。
派手な場面ではない。けれど、そこには道具が働いた時間が残っている。
肥後守は、料理専用の包丁ではない。けれど、使い手の手の中で、こうして食材に向き合う道具にもなる。大きな包丁の代わりではなく、手元にある小さな一本として。必要な分だけ切り、整え、料理の流れに入っていく。
火にかけると、物語が香りになる
フライパンの中には、玉ねぎ、ナスタチウムの花と葉、野生のルッコラ。そこにオリーブオイルと海塩が加わる。
Outlaw Chefのレシピでは、強く炒めすぎるのではなく、花や葉の香りを残すように、短い時間だけ火を入れていく。
火にかけることで、素材は少しずつ表情を変える。玉ねぎは透き通り、野草はやわらぎ、花は皿の中に香りと色を残す。そこにfarfalleが加わる。
蝶の形をしたパスタが、花と野草の中に入っていく。言葉から生まれた料理が、ようやく皿の上へ向かい始める。
皿の上で、蝶が舞う
完成した皿には、farfalle、赤い唐辛子、花、野草が重なっている。
黄色いパスタ。赤い唐辛子。橙色の花。緑の葉。イストリアの光。
見た目は華やかだ。けれど、ただ美しいだけではない。
そこには、プーラの街の記憶がある。Outlaw Chefの解釈がある。切る、炒める、和えるという手仕事がある。そして、その工程のそばに肥後守がある。
肥後守が主役の料理、というわけではない。けれど、その小さな刃物は、料理人の手元で確かに働いている。日々の相棒として、台所にも、庭にも、仕込みの場にも自然にある。
日本の道具が、海の向こうで誰かの暮らしや表現の一部になっている。そのことが、この写真から伝わってくる。
市蔵本舗が届けたいもの
市蔵本舗が届けたいのは、単なる刃物ではない。
その道具が生まれ、使われてきた土地の記憶。手で扱うことの感覚。使い手によって役割を変えていく余白。そして、日本の道具が海を越え、誰かの暮らしや表現の一部になる瞬間。
Outlaw Chefの写真は、そのことを何度も見せてくれる。
日々の相棒としての肥後守。祭りの現場で働く肥後守。台所に立つ肥後守。そして今回は、花とパスタのそばにある肥後守。
一本の小さな刃物が、海の向こうで新しい物語をまとっていく。そこに、播州の道具が世界へ届いていく大きなヒントがある。
今回の料理の様子は、リール動画でもご覧いただけます。
Outlaw Chefの世界は、Instagramでも見ることができます。
@monsieuroutlawchef
Outlaw Chefの写真・言葉はすべてご本人の許可を得て掲載しています。